2011年12月06日

会社への一時立ち入りを終えて

昨日 つごう5~6回目の会社への一時立ち入りをした。

 8:30 郡山のアパートを出発
 9:00 市内卸町
 9:30 二本松市仮事務所
10:00 川俣町道の駅近くのコンビニ
11:00 津島の検問所経由してサンプラザ到着
 途中霙がフロントガラスを濡らして帰路が心配されたが
峠を超えたら晴天。
ただし途中の津島の県道114号線は
放射線量16マイクロシーベルト/H以上を記録する。
同地区の数値は若干ではあるが数値が大きくなってきている。

あぶくま山系を越えて太平洋側に出ると
だんだん線量の数値は小さくなり
サンプラザ周辺は0・3マイクロシーベルト/H。
浪江町室原地区で放浪する牛とすれ違った。

サンプラザでの滞在時間は約3時間。
事務所の中は地震直後のままだが、
その後に複数の社員が出入りしたために
さらに乱雑になっている。
累積で1マイクロシーベルト/H。

帰りは国道6号線を北上し、14:00ころ
原町区の花園ドライブイン前で検問を受け、
14:20そのまま南相馬市の合同庁舎内で
スクリーニングを受けた。
毎回出る数値は微量。トシオさんは0・3と言われたという。
私は聞かなかった。

それにしても、以前はよく通った道路に
人影はまったくなく、
伸び放題だった田圃の草は冬の色に染まっていた。

ああ、この風景はすでに思い出になってしまったなあ、
いや今車を走らせているその場所そのものが
思い出の中の風景のような気分になってくる。

国は近く計画的避難区域の範囲を狭め始めている。
将来の賠償金を削減するためではないのかと
勘ぐりたくなるが、
実際の除染なんて数十年かかる話だろう。

・・・・

しかし私はこの現実を受け止めようと思う。
この過酷な現実を受け止められるだけの
人生経験は積んできたつもりだ。

しかし、老母にはむご過ぎる現実であり、
子供たちには厳しい現実である。

願わくは東電や国が早期に
きちんとした賠償を実施し、
同時に、私たちが安心して生活できる新たな場所を
提案してほしい。
私たちはそれらの提案の中から最もいいものを
それぞれが採用すればいい。
いわばニュータウン構想である。

ニュータウン構想がベストであるはずはないが
3・11以降を漂流し続けている私たちが
日常を取り戻すためには
仮設ではない、定住可能な空間が必要だろう。

以上、一時立ち入り後の現場からでした。






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